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春休みはあまり部活がなくて、一日がやけに長く感じる。

部活がないとやることなくて、つまんないなぁ。

まだ目覚めたままで顔も洗ってないし、パジャマのまま。

この退屈な時間をどうにかしたくて、果穂にメッセージを送ってみる。

―何してる?春休み中は池内先輩とデート?

すぐに返事がきた。

―最近、バイトを始めて忙しいよ。

バイト?なんでいきなりバイトを始めたんだろ?

とにかく果穂は部活、デート、バイトに忙しくて、わたしと遊ぶ時間はなさそう。

わたしもバイトしてみようかな。

最近、メイクグッズやかわいい洋服、欲しいものがどんどん増えていく。

お小遣いだけじゃ全然足りない。

人気のモデルが使ってるマスカラも欲しいし、憧れの女優が持ってるブランドのバッグも欲しい。

通学途中でいつも見かけてたファミレスの求人の張り紙を思い出した。

スマホだけ握って家を飛び出す。

家から1分の距離。張り紙を見ながらすぐに応募の電話をしてみる。

「履歴書を持って、面接に来てください。」

こうして、初めてのバイトが決まった。

キッチンで簡単な調理をする仕事。

初めてバイトに入った日は、社員さんが丁寧に仕事を教えてくれた。

でも、わたしはというと

――こんなものまで冷凍するの?

なんて、つい口に出てしまってる。

大きなマグロのブロックや、ふっくらしたうなぎも、なにもかも冷凍。

冷凍庫は、わたしの部屋くらいの広さがあって、中に入るたびに冷気でまつげが凍りそうになる。

母親の手料理しか知らなかったわたしは

お店で出てくる料理は全部その場で作ってるんだと思い込んでた。

現実は、この冷凍庫から食材を出して、解凍して、盛り付けて。

これが最初はショックで、しばらくご飯が喉を通らなかった。

でも慣れるのは早かった。

春休み中は、午前10時~午後2時までと午後6時~午後10時までのシフト。

「たくさんシフトに入りたいです。」って言ったら、店長は「助かるよ。」と言って

結局みっちりシフトを入れられてしまった。

最初のショックも克服してご飯も食べれるようになった。

天ぷらもカリッと揚げれるようになったし、お刺身もきれいに切れるようになった。

午後10時になると大学生の先輩たちと交代する。

今では大学生のみんなとも仲良くなって

とくに矢田くんと洋平くんは妹みたいに可愛がってくれる。

大学生は車を持っていて、バイト終わりにいろんな場所へ連れってってくれる。

カラオケや夜の海、深夜のドライブ、ファミレスの駐車場で朝までおしゃべり。

眠い目をこすりながらシャワーだけ浴びて、またみんなでバイトに向かう日もある。

高校生組と大学生組が一緒になって、こんなふうに春の夜を思いっきり楽しんだ。

部活がないとやることないって思っていたけど、新しいことでいっぱいだった。

2年生になって、平日は部活、週末にバイトという毎日に変わった。

新しい校舎に移ってからは

登校してくる副部長に「おはようございます。」って声をかけることができなくなっちゃた。

わたしと咲良は文系に、果穂は理系に進んだ。

新しいクラスには、女子卓球部の美玖と裕子、聡子がいる。

3人とは朝の電車が一緒で、夏香と5人で登校することが多くなった。

朝の電車はまるで小さな女子会。

美玖のお姉さんが自宅でサロンをやっているから、美玖は美容にすごく詳しい。

おすすめのメイクグッズを教えてくれたり、試供品を分けてくれたり。

美玖は最近、彼氏ができて、メイク直しの時間がどんどん長くなってる。

美玖は背が高くて、モデルみたい。

彼氏の野々村くんも、卓球部のビジュアル強め男子代表で、

二人で歩く姿は雑誌の中のカップルみたい。

週末のバイトが終わると、まかないを食べながら大学生のバイトが終わるのを待つ。

唐揚げ、うどん、焼き餃子、ネギトロ丼、このメニューがお気に入りでローテーションしてる。

そのあとに遊びに連れて行ってもらうまでがバイトの日のルーティーン。

店長や副店長、パートのおばさんも一緒に集まるようになって

ここがわたしの居場所みたいになった。

4月の終わりごろ、バイトのメンバーが増えた。

この春に高校生になったばかりの子たち。

何人か中学校の後輩がいる。不良で有名な下田先輩の弟もいる。

やっぱりやんちゃそうだけど、先輩ほどじゃないみたい。

「ごめん、今日は早退するね。」

部活は続けていたけど、たまにバイトで早退するようになった。

そんな日は、夜になるとスマホに副部長からスタンプが届く。

わたしもバイトのあとに副部長にスタンプをひとつ返す。

それだけで会話は終わるけど、そのやりとりだけで、気にかけてくれているのが伝わってくる。

今日も矢田くんと洋平くんと、それに他のバイトの子たちとカラオケに来てる。

矢田くんは歌うことが好きなんだって。でも可笑しいくらいに歌が下手なんだよね。

みんな、どうにかして矢田くんにマイクを渡さないようにしてる。

そんなくだらいことが楽しい。カラオケが終わると、もう夜が明けそうだ。

女子高生がこんなに遊んでばかりで、よく親に怒られないなって思う。

でも、わたしには親からの信頼を勝ち取った方法がある。

学校は絶対に遅刻しない、休まない、成績はキープする。

どんなに遊んでも、それだけは守るって決めてる。

新しい部長と副部長が、わたしたちの学年から選ばれた。

進級する前から、部長は太田くんになると噂では聞いていたから、驚きはなかった。

副部長は鈴木くん。鈴木くんもエースとして活躍してる子だ。

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