もう風がひんやり冷たくなってきて、秋が近づいてきたんだなって思う。
「次の英語の授業、辞書いるよ。」
「持ってきたってば。」
クラスの誰かが話してる。
「あっ、忘れた。」
夏の制服に流行りのブランドのセーターを重ねて着て、夏香の教室へ辞書を借りに行く。
「ごめん。夏香、英語の辞書って持ってない?」
「あるよ。貸す?」
「お願い。忘れちゃった。」
「どうぞ。」
「お昼休み、返しにくるね。」
辞書を借りて自分の教室へ戻る途中、ポケットの中でスマホが震えた。
部長からメッセージだ。
―彼女できたよ。
そっか。やっぱり。
なんて返事しようか迷うけど、返事が遅いとわたしの隠してる気持ちに気づかれちゃいそうで。
急いでメッセージを打つ。
―真由美ですか?この前、仲良くなりたいって言ってましたよね。
―そう。前に相談しちゃったから報告しておこうと思って。
―良かったですね。おめでとうございます。
いつのまにか足が止まってた。
大丈夫、涙は出てない。
セーターの袖をぎゅっとして、いつもよりも長く感じる廊下を歩き出す。
「貸してくれてありがとう。」
「授業中寝てた?」
お昼休み、夏香に辞書を返しに来たら、そんなことを言われた。
「うん、ちょっと寝ちゃった。」
とっさにごまかす。
ほんとは全然寝てない。
英語の先生が厳しくて、寝てると単位くれないから。
さっきの部長とのメッセージが頭から離れなくて、ぼーっとしてただけ。
「じゃあね。」
「ばいばい。」
向かいの校舎を見上げると、副部長が歩いているのが見える。
また池内先輩と一緒だ。いつもの光景すぎて笑えてきちゃう。
きっと購買にパンを買いに行くんだろうな。
ふたりがわたしに気がついた。
副部長がわたしと視線を合わせて、購買の方を指さしてる。
「行こう。」
声は届かないけど、唇の動きでそう言ってくれてるのが分かる。
副部長がいちごオレを買って、待っていてくれた。
「これ、好きでしょ?」
「ありがとうございます。」
わたしの好きなもの、覚えててくれたんだ。
「部室行こっか?」
「はい。」
部室には、昼下がりのやわらかい光が差し込んで、わたしたちをふんわり包んでくれる。
毎日通ってる部室なのに、放課後とは違う表情をしてる。
副部長とわたしが並んで座って、向かいには池内先輩。
ただ他愛もない話しを繰り返すだけ。
それだけで、副部長の大切な時間にわたしもそっと入れてもらったみたい。
副部長といるこの空気に、こころがほどけていくのかな。
グレーだったわたしの15歳の世界に、いちごオレのやさしい彩りが広がっていく。


